障害者雇用「数から質へ」の大転換:厚労省報告書が示す3つの柱と、企業が直面する構造的課題

2026年1月、障害者雇用制度の歴史的転換点が示された

2026年1月30日、厚生労働省において「第13回 今後の障害者雇用促進制度の在り方に関する研究会」が開催され、今後の制度改正の指針となる報告書(案)が公表された。

この報告書は、日本の障害者雇用政策が「法定雇用率の達成」という量的拡大のフェーズから、「雇用の質」を重視する新たな段階へと移行することを明確に示すものだ。

しかし、社会保険労務士として、また障害者雇用戦略アドバイザーとして現場を見てきた立場から言えば、この報告書には重大な構造的欠陥がある。

「質への転換」という美しいスローガンの裏に、企業が実際に直面する現実と、制度設計の甘さが隠れている。

本稿では、報告書が打ち出した3つの柱を分析し、それぞれが抱える課題と、企業が今取るべき対応を、実務の視点から徹底的に解説する。

〇 第一の柱:代行ビジネスへの規制強化 規制の先にある「行き場のない企業」

・ 代行ビジネスとは何か

これまで法定雇用率達成の「切り札」として急増してきたのが、いわゆる「障害者雇用ビジネス」である。農園型やサテライトオフィス型のサービスを提供する事業者に、企業が障害者雇用を委託する形態だ。

企業は自社の事業所外で、自社の本業とは無関係な業務(農作業やデータ入力など)に障害者を従事させることで、法定雇用率を達成してきた。

・ 報告書が示す規制の方向性

今回の報告書は、こうした代行ビジネスに対し、以下の規制強化を打ち出した。

1. 「分離」からの脱却:自社の本業と切り離された場所や業務で雇用することを「インクルージョンの観点」から課題視
2. 報告義務の創設:障害者雇用状況報告(6.1報告)において、これらビジネスの利用状況や業務内容の報告を義務化
3. 「質のガイドライン」の策定:能力発揮、適正な雇用管理、正当な評価などを「雇用の質」として法令上に明示

・ 規制の正しさと、欠けている視点

方向性としては正しい。自社の本業と無関係な場所で、障害者を「隔離」するような雇用形態は、真のインクルージョンとは言えない。

しかし、問題の本質は代行ビジネスの存在ではない。

企業が代行ビジネスに頼るのは、自社内で障害者を戦力化する構造を作れないからだ。職務の切り出し方がわからない、受け入れ体制の作り方がわからない、ノウハウもリソースもない。その状態で「雇用率を達成しなければ納付金を払う」という制度だけが先行したから、代行ビジネスが必要とされたのだ。

・ 規制だけでは企業は「どこにも行き場がない」

規制だけを強化して、企業側の職務開拓や受け入れ体制構築の支援が不十分なら、企業は「どこにも行き場がない」状態になる。

代行ビジネスは使えない、自社内での雇用もできない、でも雇用率は達成しなければならない。この三重苦の中で、企業はどう動けばいいのか。

私が現場で最も懸念するのは、「是正可能性のあるルート」が示されていない点だ。

制度は道具である。使えない道具を押し付けても、現場は動かない。「代行ビジネスを使うな」と言うなら、代わりに「自社内でどう雇用すればいいか」の具体的な道筋を、制度として示すべきだった。

〇 第2の柱:100人以下企業への納付金義務拡大 罰則強化が生む「罰金を払う方がマシ」という判断

・ 現状:100人未満企業の9割が障害者雇用ゼロ

現在、障害者雇用納付金の納付義務は、常用労働者101人以上の企業に課されている。101人以上の企業が法定雇用率を達成できない場合、不足1人あたり月額5万円の納付金を支払う義務がある。

一方、100人以下の企業には納付金義務がない。そして、この規模の企業の約9割が「障害者雇用ゼロ」という現実がある。

・ 報告書が示す拡大の方向性

報告書は、この納付金義務を100人以下の企業にも拡大する方向性を示した。理由は以下の通りだ。

1. 公平性の確保:大企業と中小企業の間の経済的不均衡を解消し、社会連帯の理念を徹底
2. 「ゼロ企業」へのプレッシャー:100人未満企業の約9割が「障害者雇用ゼロ」である現状を打破
3. 段階的な施行:経営環境への配慮から、周知期間を設け段階的に進める

・ この施策の「未来耐久性」への深刻な疑問

私はこの施策の「未来耐久性」に深刻な疑問を持つ。

100人未満の企業には、専門の人事部門がない場合も多い。採用ノウハウも、受け入れ体制も、予算もない。その状態で納付金義務だけを課せば、どうなるか。

答えは明白だ。「罰金を払う方がマシ」という判断が増えるだけである。

月額5万円の納付金と、障害者を1人採用・雇用管理するコスト(人件費、受け入れ体制構築、管理工数)を天秤にかけたとき、多くの中小企業は前者を選ぶ。

・ 制度は道具である 使えない道具は機能しない

私の思想の核にあるのは「制度は道具である」という考え方だ。

道具は、使う人が使えて初めて機能する。使い方がわからない、使うリソースがない、使っても成果が出ない。そんな道具を押し付けても、現場は動かない。

障害者雇用において、100人未満の企業に今必要なのは「罰則の強化」ではなく、「使える仕組み」だ。

例えば、以下のような支援が先行すべきだった。

– 共同雇用の仕組み:複数の中小企業が共同で障害者を雇用し、業務をシェアする体制
– 段階的支援プログラム:初めて障害者を雇用する企業向けの伴走型支援
– 職務開拓の具体例集:業種別・規模別の職務切り出し事例の提供

こうした「構造」があって初めて、中小企業は障害者雇用に踏み出せる。罰則だけでは、未来に耐えない。

〇 第3の柱:手帳を持たない難病患者の算定対象化 評価できる柔軟性と、公平性担保の課題

・ 「手帳の有無」と「就労困難性の有無」は一致しない

これまで、障害者雇用率の算定対象となるのは「障害者手帳を持つ者」に限られていた。しかし、手帳を持たない難病患者の中にも、就労に困難を抱える人は多く存在する。

私自身、人工透析患者として10年間勤務した経験を持つ。透析治療は週3回、1回4時間を要する。体調も変動する。だが、私は手帳を持っていなかった。

「手帳の有無」と「就労困難性の有無」は、必ずしも一致しない。

・ 報告書が示す個別判定制度の創設

報告書は、この問題に対し、以下の方向性を示した。

1. 個別判定制度の創設:障害者手帳を持たない難病患者についても、個別の就労困難性を判定し、実雇用率に算定可能とする
2. アセスメントの重視:医師の意見書や支援職によるアセスメントに基づき、公正に判定する仕組み
3. 精神障害者の特例継続:精神障害者である短時間労働者の算定特例(0.5人を1人とカウント)は、当面の間継続

・ 評価できる柔軟性と、残る課題

この施策は評価できる。より実態に即した支援につながる可能性がある。

ただし、判定の公平性と透明性をどう担保するかが鍵だ。

医師の意見書に基づくと言っても、医師の判断には主観が入る。支援職によるアセスメントも、評価者によってブレが生じる可能性がある。

恣意的な運用を防ぎ、公平な判定を実現するためには、以下が必要だ。

– 明確な判定基準の策定:どのような状態が「就労困難」と判定されるのか、客観的な基準を明示
– 第三者機関による審査:企業や医師の利害関係から独立した機関が判定を行う仕組み
– 不服申し立ての仕組み:判定に納得できない場合の再審査ルートの整備

こうした「是正可能性」が組み込まれて初めて、制度は長期的に機能する。

〇 最大の問題:「質の向上」が努力義務として丸投げされる構造

・ 努力義務では中小企業は置き去りにされる

今回の報告書で最も危惧するのは、「質の向上」という理念が、企業に努力義務として丸投げされる構造だ。

報告書では「能力発揮、適正な雇用管理、正当な評価などを『雇用の質』として法令上に明示し、企業に努力を促す」とある。

努力義務。

この言葉が意味するのは、「できる企業はやってください、できない企業は…まあ、努力してください」ということだ。

余裕のある大企業は、専門部署を作り、予算を割き、対応できるだろう。しかし、リソースの限られた中小企業は、「努力しろと言われても、どうすればいいかわからない」状態になる。

そして数年後、「中小企業は質の向上に努力していない」と批判される未来が、容易に想像できる。

・ 真に必要なのは「構造設計」の支援

私が企業支援で最も重視するのは、善意や努力に依存しない「構造設計」だ。

以下のような構造があって初めて、障害者雇用は「戦力化」される。

1. 誰が担当しても回る仕組み

業務を属人化させず、マニュアル化・標準化する。担当者が休んでも、異動しても、業務が止まらない設計。

2. 体調が変動しても業務が止まらない設計

障害者に限らず、誰が突然休んでも対応できる体制。業務の分散と、バックアップ体制の整備。

3. 成果を可視化できる評価制度

「頑張っている」「努力している」ではなく、成果を客観的に測れる指標。これがあって初めて、公正な評価とキャリア形成が可能になる。

4. 段階的にステップアップできるキャリアパス

最初から高い成果を求めず、段階的にステップアップできる道筋。小さな成功体験の積み重ねが、本人の自信と周囲の信頼を生む。

こうした構造は、障害の有無に関わらず、すべての従業員が安心して働ける環境を意味する。

障害者雇用を「特別な配慮」ではなく、「組織全体を強くする機会」として捉える。この視点の転換が必要だ。

〇 2026年7月まで残り5ヶ月:今こそ長期視点の構造設計を

・ 雇用率は上がり続ける 目先の対応では未来に耐えない

2026年7月には、法定雇用率が2.7%に引き上げられる。現在の2.5%から、さらに0.2ポイントの上昇だ。

そして、その先も雇用率は上がり続ける。2030年には3.0%を超える可能性も十分にある。

今、目先の対応だけで乗り切ろうとする企業と、長期的な構造を設計する企業。この差が、5年後、10年後の競争力を決める。

・ 私の思想:「未来耐久性」を最上位の判断基準とする

私の思想の核にあるのは「未来耐久性」という考え方だ。

今の合意や合法性、周囲の空気よりも、「この判断は将来に耐えるか」「長期的に持続可能か」を最上位の基準とする。

障害者雇用においても同じだ。

今、数を揃えることだけを考えて採用しても、3年後、5年後にその人たちが定着し、成長し、貢献している姿が描けるか。描けないなら、その採用は未来に耐えない。

逆に、今は時間とコストがかかっても、業務設計を見直し、評価制度を整え、キャリアパスを明示する。そうした構造を作れば、それは10年後も機能し続ける。

これが「未来に耐える選択」だ。

〇 企業が今すぐ取り組むべき3つの実務対応

報告書(案)は、今後の法改正の「設計図」である。実務においては、以下の準備を推奨する。

1. 「もにす認定」の検討

報告書では、障害者雇用の質を評価する「もにす認定制度」が、大企業を含む全企業に拡大され、助成金等のインセンティブも強化される方針が示されている。

今のうちに「質の向上」に取り組むことが、将来のメリットに直結する。認定取得を視野に入れた体制整備を始めるべきだ。

2. 就労継続支援A型事業所の活用見直し

報告書では、グループ企業内のA型事業所を雇用率算定から除外する可能性も議論されている。

グループ企業内にA型事業所を持つ場合は、動向を注視し、代替策を検討する必要がある。

3. 100人以下企業の「初採用」準備

納付金拡大に備え、ハローワークのチーム支援や「障害者雇用相談援助助成金」を活用した体制づくりを先行させるべきだ。

初めて障害者を雇用する企業には、手厚い支援制度がある。これを活用し、段階的に受け入れ体制を整えることが重要だ。

〇 最後に:障害者雇用は「結果責任を引き受ける覚悟」の問題

・ 「義務だから仕方なく」では行き詰まる

障害者雇用を「義務だから仕方なく」「法令順守のため」と捉える企業は、今後、確実に行き詰まる。

法定雇用率は上がり続ける。規制は強化される。そのたびに「対応が大変だ」と嘆いていては、持続可能な経営はできない。

・ 「経営戦略として」捉える企業が競争を勝ち抜く

一方で、障害者雇用を「経営戦略として」「組織を強くする機会として」捉え、構造設計に本気で取り組む企業は、人材不足時代の競争を勝ち抜く。

障害者を戦力化する仕組みは、すべての従業員が働きやすい組織を意味する。多様な人材を受け入れ、それぞれの強みを活かせる企業だけが、少子高齢化の未来を生き残る。

・ 私が支援で重視すること

私は社会保険労務士として、また障害者雇用戦略アドバイザーとして、現場に寄り添いながらこの構造設計を支援している。

– 理想論ではなく、現実を見据えた設計
– 善意に頼らず、制度で安全を担保する仕組み
– 嫌われることを恐れず、長期的に壊れない選択を取る覚悟

これらすべてが揃って初めて、障害者雇用は「戦力化」され、企業の競争力となる。

2026年7月まで、あと5ヶ月。今こそ、未来に耐える構造を設計するときだ。

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