障害者雇用率2.7%時代に問われる「未来耐久性」──ニューロダイバーシティを経営戦略にする覚悟
〇法改正が問うのは「善意」ではなく「持続可能性」
2026年7月、障害者雇用促進法の改正により、民間企業における障害者の法定雇用率が2.7%に引き上げられます。従業員37.5人以上の企業には、少なくとも1人の障害者雇用が義務づけられることになり、中小企業にとっても「他人事」ではなくなりました。
リクルートワークス研究所が公開した記事「2026年、法定雇用率2.7%時代へ――障害者雇用を”義務”から”戦略”へ転換する」では、ニューロダイバーシティ(神経多様性)の考え方を軸に、障害者雇用を「義務的な対応」から「経営戦略」へと転換する必要性が説かれています。
SAPやJPモルガン・チェースといった海外企業の成功事例では、発達障害や自閉スペクトラム症(ASD)の特性を活かした採用・配置により、生産性が90〜140%向上し、ゼロエラーを達成するなど、明確なビジネス成果が示されています。
しかし、日本企業の現状はどうでしょうか。調査によれば、企業の60%が「法定雇用率2.7%の達成は困難」と回答しています。この数字が示すのは、理解不足でも善意の欠如でもありません。
問題の本質は、「結果責任を引き受ける構造がまだ設計されていない」ことにあります。
私は社会保険労務士として、また人工透析患者として10年間勤務した当事者経験を持つ専門家として、「福祉ではなく経営戦略としての障害者雇用」を提唱してきました。その立場から、今回の法改正が企業に問うているのは「善意」ではなく「未来耐久性」──つまり、10年後も壊れない組織を設計できるかどうかだと考えています。
本記事では、ニューロダイバーシティの考え方を踏まえつつ、それを「絵に描いた餅」にしないために必要な「覚悟」と「構造設計」について、実務的な視点から解説します。
〇 ニューロダイバーシティとは何か──「多様性」を成果に変える科学的視点
・ 脳の多様性を「障害」ではなく「認知スタイルの違い」と捉える
ニューロダイバーシティ(Neurodiversity)とは、発達障害、ADHD、自閉スペクトラム症(ASD)、学習障害などの神経発達の特性を「障害」ではなく、「人間が本来持つ認知スタイルの多様性」として捉える考え方です。
1990年代にオーストラリアの社会学者ジュディ・シンガー氏が提唱したこの概念は、「定型発達を基準に人を測る」という従来の価値観を問い直し、脳や神経の違いを「矯正すべきもの」ではなく「自然な多様性」として尊重することを求めています。
重要なのは、この考え方が単なる「思いやり」や「配慮」の延長ではなく、科学的な認知心理学・神経科学の知見に基づいている点です。
人によって、情報処理の仕方、集中力の発揮スタイル、感覚の受け取り方は大きく異なります。たとえば、
– 視覚情報の処理に優れ、パターン認識能力が高い人
– 聴覚刺激に敏感で、雑音のある環境では集中できない人
– マルチタスクが苦手だが、単一作業に没頭すると極めて高い精度を発揮する人
– 口頭指示では混乱しやすいが、文書化された指示には正確に対応できる人
こうした「違い」を組織設計の前提に置くことで、一人ひとりが最も力を発揮できる配置・環境・コミュニケーション手法を構築できます。
・ 海外企業の成功事例が示す「成果」
記事で紹介されているSAPの「Autism at Work」プログラムは、自閉スペクトラム症(ASD)の従業員が持つ高い集中力・細部への注意力・パターン認識能力を活かすための採用・支援制度です。
従来の面接ではなく、実務課題を通じて特性を見極める選考プロセスと、入社後のメンター制度による手厚いサポートが特徴で、従業員エンゲージメント指数(EEI)が1%向上するごとに、年間約50億円の営業利益改善に繋がると試算されています。
JPモルガン・チェースでも、2015年から「Autism at Work」プログラムを実施し、開始半年後には生産性が90〜140%向上、ゼロエラーを達成するなど、明確なビジネス成果を上げています。
これらは「社会貢献」ではなく、「経営戦略」として実行され、結果を出しているのです。
〇 日本企業が直面する現実──「義務」から「戦略」への転換を阻むもの
・ 6割の企業が「達成困難」と答える理由
調査によれば、2026年7月の法定雇用率2.7%への引き上げについて、日本企業の60%が「達成できる見込みは低い」と回答しています。
なぜでしょうか。
記事では、AIやRPAによる自動化が進む中で、「データ入力や書類整理、清掃などの定型業務」という従来の障害者雇用の受け皿が縮小しつつあることが指摘されています。
つまり、「仕事をつくって雇う」という従来モデルが限界を迎えているのです。
しかし、私が現場で見てきた本質的な課題は、もっと別のところにあります。
それは、「うまくいかなかったとき、誰が責任を取るのか」が明確になっていないことです。
・ 現場任せの「配慮」では持続しない
多くの企業では、障害者雇用の実務が現場の管理職や人事担当者に「丸投げ」されています。
– 配属先の上司が手探りで対応する
– 合理的配慮の内容が属人的で、担当者が変わると引き継がれない
– 業務の切り出しや調整が現場の「善意」に依存している
– 経営層は「法令遵守」の旗を振るが、実行責任は現場に押し付けられる
これでは、どれだけ「ニューロダイバーシティを理解しよう」と研修を実施しても、現場は疲弊し、障害者本人も孤立します。
「多様性を活かす」という美しい言葉の裏で、誰も結果責任を引き受けていない──これが、日本企業の障害者雇用が「戦略」になりきれない最大の理由です。
〇 「戦略」とは何か──結果責任を引き受ける覚悟とセット
・ 「義務」と「戦略」の決定的な違い
「義務」とは、法令に従って最低限の対応をすることです。
「戦略」とは、未来の持続可能性を見据え、結果責任を引き受けながら実行することです。
障害者雇用を「戦略」にするとは、以下の問いに答えることを意味します。
1. 配属先でうまくいかなかった場合、誰が責任を取るのか?
2. 現場の管理職が孤立しないサポート体制は整っているか?
3. 評価制度や報酬設計は、多様な働き方を前提に再設計されているか?
4. 経営層は、短期的な批判を受けても方針を貫く覚悟があるか?
これらに答えられないまま「多様性を活かそう」と言っても、それは現場への丸投げに過ぎません。
・ 未来耐久性を最優先する判断基準
私の価値観の中核にあるのは「未来耐久性」です。
正しさよりも、今の空気や合意よりも、「この選択は10年後も持続するか」を最上位の判断基準とします。
法定雇用率2.7%は、単なる数字の問題ではありません。これは、企業が「未来に耐える組織を設計できるか」というテストです。
短期的には、障害者雇用の拡大はコスト増や現場負担の増加に見えるかもしれません。しかし、少子高齢化による労働力不足が加速する中で、多様な人材を活かせない企業は、10年後には確実に競争力を失います。
だからこそ、今、嫌われ役を引き受けてでも、構造と制度で安全を担保する仕組みをつくることが、専門家の責務なのです。
〇 ニューロダイバーシティを「絵に描いた餅」にしないために
・ 記事で紹介されている「3つの軸」の再解釈
記事では、ニューロダイバーシティ経営を実践するための「3つの軸」が提示されています。
1. 認知・理解の醸成:ワークショップやeラーニングで特性を理解する
2. 特性の見える化:適性診断ツールやHRテクノロジーで配置の精度を高める
3. 合理的配慮のしくみ化:環境づくりとコミュニケーションの再構築
これらは、いずれも正しい方向性です。
しかし、私が現場で最も重視するのは、これらを「感覚」や「善意」に依存させず、「誰がやっても回る仕組み」にすることです。
・ HRテクノロジーと制度設計で「構造化」する
たとえば、「特性の見える化」について。
適性診断ツールを導入すること自体は難しくありません。問題は、その結果を「誰が、どのように、いつ、配置判断に反映させるのか」が明確でなければ、データは活用されず、現場の感覚的判断に戻ってしまうことです。
私が提案するのは、以下のような「構造設計」です。
– 配置判断のプロセスを標準化する:特性データと職務要件をマッチングするルールを明文化し、経営層が最終承認する
– 合理的配慮の内容を文書化し、引き継ぎ可能にする:担当者が変わっても継続できる仕組みをつくる
– 現場管理職に対するサポート体制を制度化する:人事・産業医・外部専門家によるバックアップラインを設ける
– 評価制度を見直す:成果だけでなく、プロセスや工夫を評価する項目を追加し、多様な働き方を前提とした評価軸を設計する
こうした「制度は道具」という発想で、人の善意や感情を前提にせず、構造で安全と回復を担保することが重要です。
〇 専門家の役割──嫌われる覚悟を持って、長期視点で組織を守る
・ 「嫌われ役」を引き受けることも、専門家の機能
私は、障害者雇用を「福祉」ではなく「経営戦略」として提案することで、しばしば批判を受けます。
「冷たい」「人の痛みがわからない」──そう言われることもあります。
しかし、私の合理主義の背後には、人工透析患者として10年間働いた当事者経験と、現場で数多くの企業・障害者本人・管理職の苦しみを見てきた実績があります。
だからこそ、綺麗事や感情論ではなく、「10年後も壊れない組織」をつくるために必要な構造を、嫌われてでも提案します。
短期的な称賛より、長期的に持続する選択を取ることが、専門家の責任だと考えているからです。
・ 実名で、実績を持って、思想を語る
私は匿名で意見を発信しません。実名で、実績を持って、思想を語ります。
なぜなら、思想は結果責任を引き受けられる覚悟があって初めて価値を持つからです。
障害者雇用を「戦略」にするとは、経営者が、人事が、現場管理職が、そして私たち専門家が、それぞれの持ち場で結果責任を引き受けることです。
〇 おわりに──法改正は「未来に耐える選択」を迫っている
2026年7月の法定雇用率2.7%への引き上げは、企業にとって「試練」ではなく「機会」です。
ニューロダイバーシティという科学的知見を活かし、多様な人材が力を発揮できる組織をつくることは、単なる「社会貢献」ではなく、10年後も競争力を維持するための「経営戦略」そのものです。
しかし、それは理想論や善意だけでは実現しません。
結果責任を引き受ける覚悟を持ち、構造と制度で安全を担保し、嫌われることを恐れず長期視点で判断する──そうした「未来耐久性」を最優先する姿勢が、今こそ求められています。
私たち専門家の仕事は、その覚悟を支える仕組みをつくることです。
もし、あなたの組織が本気で障害者雇用を「戦略」にしたいと考えているなら、まず問うべきは「どう理解するか」ではなく、「誰が責任を取るか」です。
その答えを一緒に設計していきましょう。
【参考記事】
2026年、法定雇用率2.7%時代へ――障害者雇用を”義務”から”戦略”へ転換する
https://www.works-hi.co.jp/businesscolumn/neurodiversity_1
動画を公開しています。
企業の「困った」を解決!障害者雇用サポート塾
https://youtube.com/channel/UC4CPSnfSxvaVCEA902K9gfQ?si=NCauCnBZAPc7U-Fh


