厚労省「障雇ビジネス」ガイドライン策定へ──しかし「質」向上に必要なのは是正ルートの設計である
ガイドラインでは解決しない構造的問題
2026年2月12日、厚生労働省は「今後の障害者雇用促進制度の在り方に関する研究会報告書案」をまとめ、障害者雇用の「質」を高める観点から、いわゆる**”障雇ビジネス”を対象としたガイドラインの策定**を検討する方針を示しました。
障害者雇用を自社で行うことが難しい企業へ、障害者の働く場を提供する事業者──その「質」を担保するため、利用企業に就労場所などの報告を求めるとされています。
また、中小企業における障害者雇用の「質」と「量」を評価する**「もにす」認定制度を大企業にも拡大**する提言も盛り込まれました。
一見すると、これは障害者雇用の質向上に向けた前進のように見えます。
しかし、私は社会保険労務士として、また人工透析患者として10年間働いた当事者経験を持つ専門家として、この施策に**強い危機感**を抱いています。
なぜなら、ガイドラインを作っても、「質」は上がらないからです。
問題の本質は「ルールがないこと」ではなく、「違反したときに是正されない構造」にあります。
本記事では、報告書案の内容を検証しながら、障害者雇用の「質」を本当に高めるために必要な「是正可能性を担保する仕組み」について、実務的な視点から解説します。
〇 “障雇ビジネス”とは何か──法令遵守と実態の乖離
・ 「外部委託型障害者雇用」の実態
“障雇ビジネス”とは、自社で障害者雇用を行うことが難しい企業に対し、障害者の働く場を提供する事業者のビジネスモデルを指します。
具体的には、以下のような形態があります。
– 特例子会社への出向・派遣:親会社や関連企業が設立した特例子会社で障害者を雇用し、法定雇用率にカウントする
– 障害者雇用代行サービス:外部事業者が障害者を雇用し、企業に「雇用枠の提供」という形でサービスを販売する
– 農園型・清掃型モデル:農業や清掃などの業務を用意し、複数企業から障害者を受け入れる
これらのモデル自体は、必ずしも違法ではありません。適切に運営されれば、自社で業務を切り出すことが難しい企業にとって、有効な選択肢となり得ます。
・ しかし、現場では何が起きているか
しかし、現場では以下のような問題が指摘されています。
– 名義貸しのような雇用:実質的な業務がないまま、「カウント」だけのために雇用される
– キャリア形成の機会がない:単純作業の繰り返しで、スキルアップやキャリアパスが描けない
– 本人の意向が反映されない:障害特性や希望に関係なく、画一的な業務に配置される
– 孤立と放置:定着支援や合理的配慮が不十分で、本人が孤立する
つまり、法定雇用率を「達成する」ことだけが目的化し、障害者本人の「働く意義」や「成長機会」が置き去りにされているのです。
〇 ガイドラインを作っても「質」が上がらない理由
・ 問題の本質は「ルール不在」ではなく「是正不在」
報告書案では、”障雇ビジネス”向けのガイドラインを策定し、利用企業に就労場所などの報告を求めるとされています。
しかし、私が現場で見てきた実態は、「ルールはあるが、守られていない」という現実です。
たとえば、現行制度でも以下のルールがあります。
– 合理的配慮の提供義務(障害者雇用促進法第36条の2)
– 雇用状況報告の提出義務(同法第43条)
– 障害者職業生活相談員の選任義務(同法第79条)
これらはすべて「法律で定められたルール」です。にもかかわらず、現場では形骸化しています。
なぜか?
〇違反したときに、誰がどう是正するのか**が明確でないからです。
・ 報告を求めても、検証・是正がなければ意味がない
報告書案では「利用企業に就労場所の報告を求める」とされていますが、報告を受けた後、以下のプロセスが不明確です。
– 誰が検証するのか?(労働局?ハローワーク?第三者機関?)
– 何を基準に問題を判断するのか?(就労時間?業務内容?本人の満足度?)
– 問題が発覚したとき、誰が責任を取るのか?(利用企業?提供事業者?双方?)
– どのような是正措置を取るのか?(警告?改善指導?認定取消?罰則?)
– 改善されない場合、どうエスカレーションするのか?
こうした「是正プロセス」が設計されていなければ、報告は形式的なものになり、実態は変わりません。
・「もにす認定」も同じ構造的問題を抱える
報告書案では、中小企業向けの「もにす」認定制度を大企業にも拡大する提言がされています。
「もにす」とは、障害者雇用の「質」と「量」に取り組む企業を厚生労働大臣が認定する制度で、優良事例の横展開という意味では意義があります。
しかし、認定制度にも同じ問題があります。
・「評価されること」が目的になってしまえば、形だけ整えて実態が伴わない企業が増える**だけです。
実際、他の認定制度(えるぼし、くるみん等)でも、「認定を取ること」が目的化し、認定取得後に実態が伴わないケースが指摘されています。
認定制度を拡大するなら、同時に「認定取消の基準」と「継続的なモニタリングの仕組み」を明確にすべきです。
〇 私が提案する「是正可能性を担保する仕組み」
・ 制度は道具──違法を合法に戻す道筋を設計せよ
私の価値観の中核にあるのは、「違法か合法かではなく、是正ルートと意味づけが描けるかが重要である」という考え方です。
法律やガイドラインは、それ自体が目的ではなく、「道具」です。
その道具を使って、違法状態を合法状態に戻す──つまり「是正可能性」を担保することが、制度設計の本質です。
・ 具体的な是正ルートの設計案
私が提案するのは、以下のような「是正可能性を担保する仕組み」です。
1. 違反発覚時の介入ルートを明確化する
– 労働局が一次対応:雇用状況報告や内部通報を受けて、事実確認を行う
– ハローワークが実地調査:就労場所を訪問し、本人と面談して実態を把握する
– 第三者機関が評価:弁護士・社労士・当事者団体で構成される委員会が、是正の必要性を判断する
2. 是正措置を段階的に設計する
違反の程度に応じて、以下のようにエスカレーションするルールを明文化します。
– 第1段階:警告→文書による改善指導
– 第2段階:改善計画の提出義務→3ヶ月以内に是正計画を提出
– 第3段階:企業名公表→改善されない場合、企業名と違反内容を公表
– 第4段階:認定取消→「もにす」等の認定を取り消す
– 第5段階:罰則適用→法定雇用率未達に対する納付金の増額、または刑事罰
3. 利用企業と提供事業者の双方に責任を課す
「利用しているだけ」では済まされない、連帯責任の仕組みをつくります。
– 利用企業は、提供事業者の実態を定期的に監査する義務を負う
– 提供事業者に問題があった場合、利用企業も法定雇用率のカウントから除外される
– 双方が是正に協力しない場合、行政が介入する
4. 内部通報制度と第三者監査を機能させる
障害者本人や現場担当者が、匿名で問題を報告できるルートを整備します。
– 労働局に専用ホットラインを設置し、通報者保護を徹底する
– 年1回の第三者監査を義務化し、外部の社労士や弁護士が実態を確認する
– 通報者が不利益を受けた場合の救済措置を明確にする
〇 当事者経験から伝えたいこと──「質」とは何か
・ 「働く意義」が感じられない雇用は、質が低い
私は人工透析患者として10年間働いてきました。週3回、1回4時間の透析治療を受けながら、フルタイムで勤務していました。
その経験から言えるのは、「働く意義」が感じられない雇用は、どれだけ法令を守っていても、質が低いということです。
障害者雇用の「質」とは、以下のような要素で測られるべきです。
– 本人が成長を実感できるか:スキルアップやキャリア形成の機会があるか
– 本人の意向が反映されているか:配置・業務内容が本人の希望や特性に合っているか
– 孤立せず、チームの一員として働けるか:職場に居場所があり、同僚との関係が良好か
– 合理的配慮が機能しているか:困ったときに相談でき、適切な支援を受けられるか
これらは、ガイドラインや報告書では測れません。
・ 本人の声を聴く仕組みが不可欠
「質」を測るには、本人の声を聴く仕組みが不可欠です。
しかし、現行制度では、障害者本人が直接、労働局やハローワークに相談できるルートが明確ではありません。
提供事業者や利用企業に不満があっても、「クビになるのが怖い」「他に行く場所がない」という不安から、声を上げられない人が多いのです。
だからこそ、匿名で通報できる内部通報制度と、**第三者が定期的に本人と面談する監査制度**が必要なのです。
〇 厚生労働省に求めたいこと──ガイドラインと同時に是正ルートを
・ 「質」を語るなら、まず「是正ルート」を設計せよ
私は社会保険労務士として、多くの企業の障害者雇用を支援してきました。
その経験から断言できるのは、「質」を上げたいなら、ガイドラインを作る前に、今ある制度がなぜ機能していないのかを問うべきだということです。
違法か合法かではなく、是正ルートと意味づけが描けるかが重要である──これが、私の価値観の中核にあります。
・ 具体的に求めること
厚生労働省には、以下のことを強く求めます。
1. ガイドライン策定と同時に、「違反した場合の是正プロセス」を明確に設計すること
2. 報告を受けた後の検証体制と、問題発覚時の責任の所在を明文化すること
3. 認定制度を拡大するなら、認定取消の基準と継続モニタリングの仕組みを整備すること
4. 内部通報制度を整備し、障害者本人が安心して声を上げられる環境をつくること
5. 第三者監査を義務化し、外部の専門家が実態を確認する仕組みをつくること
〇 「質」の向上は、構造設計から始まる
・ ガイドラインは「スタート」であって「ゴール」ではない
ガイドラインの策定は、障害者雇用の質向上に向けた第一歩として意義があります。
しかし、それは「スタート」であって「ゴール」ではありません。
本当に質を高めるには、ガイドラインを守らせる仕組み、違反を発見する仕組み、是正する仕組み──すべてをセットで設計する必要があります。
・ 専門家の役割──嫌われても、構造で支える
私たち社会保険労務士をはじめとする専門家の役割は、綺麗事を語ることではなく、**嫌われることを恐れず、長期視点で持続可能な構造を設計すること**です。
短期的には、厳格な是正ルートは「やりにくい」「面倒だ」と批判されるかもしれません。
しかし、10年後、20年後も持続する障害者雇用をつくるには、今、構造で支える仕組みをつくることが不可欠です。
・ 未来耐久性を最優先する
正しさよりも、今の空気や合意よりも、**「この選択は10年後も持続するか」**を最上位の判断基準とする。
これが「未来耐久性」という私の価値観です。
〇 おわりに──「質」とは、制度ではなく、本人の実感である
・ 制度を整えても、本人が幸せでなければ意味がない
障害者雇用の「質」とは何か。
それは、本人が「ここで働いて良かった」と実感できることです。
どれだけ法令を守り、ガイドラインに沿っていても、本人が孤立し、成長を感じられず、毎日がつらいなら、それは「質が高い」とは言えません。
・ 是正ルートは、本人を守るための最後の砦
だからこそ、是正ルートが必要なのです。
困ったときに相談できる。問題があったときに介入してくれる。改善されないときに、次の選択肢を示してくれる。
そうした「回復可能性」が担保されて初めて、本人は安心して働けるのです。
・ 私たち専門家の責務
私たち専門家の責務は、その仕組みをつくり、企業と障害者本人の双方を支えることです。
もし、あなたが企業の経営者や人事担当者で、本気で障害者雇用の「質」を高めたいと考えているなら、まず問うべきは「どうガイドラインに適合するか」ではなく、**「うまくいかなかったとき、どう是正するか」**です。
その答えを一緒に設計していきましょう。
【参考記事】
障害者雇用 「質」向上へガイドライン ”障雇ビジネス”向け 厚労省研究会報告書案
https://www.rodo.co.jp/news/213366/
動画も公開しています。
企業の「困った」を解決!障害者雇用サポート塾
https://youtube.com/channel/UC4CPSnfSxvaVCEA902K9gfQ?si=NCauCnBZAPc7U-Fh

