障害者のための「居場所」カフェがオープン──しかし持続可能な雇用には構造設計が不可欠
〇「温かい場所」の意義と限界
2026年2月6日、東京都目黒区に、障害のある若者や企業が集うコミュニティカフェ「しいちゃんのカフェ―C’s Café―」がオープンしました。
NPO法人ディーセントワーク・ラボが運営するこのカフェは、以下の目的を掲げています。
– 障害者の雇用促進:アルバイト経験のない障害のある学生にトレーニングの場を提供
– 対面型サロンの開催:同じ境遇の人との対話を通じて自己理解を深める
– 企業との連携:障害者雇用の創出や、企業が持つ悩み解決につながるイベントを開催
– 困難時の支援:職場で困難に直面した場合に、必要に応じて支援につなげる
中尾文香代表は、「『はたらく、つながる、ひろがる』をコンセプトに、学生や若者たちが集うハブにする。何か困ったときに帰ってこようと思える、安心する温かい場所にしていきたい」と語っています。
この取り組みには、大きな意義があります。
障害のある若者が、同じ境遇の人と対話し、社会人に相談できる場──こうした「居場所」は、確かに必要です。職場で孤立し、誰にも相談できずに苦しんでいる当事者は多いからです。
しかし、私は10年間、人工透析患者として働いてきた経験から、一つの問いを投げかけたいと思います。
「居場所」があることと、「職場で持続的に働けること」は、別の問題ではないか?
本記事では、この取り組みの意義を認めつつ、それだけでは解決しない「職場の構造的問題」について、実務的な視点から解説します。
〇 「居場所」の意義──孤立からの回復と自己理解
・ 対話がもたらす心理的安全
まず、このカフェが提供しようとしている「居場所」の意義を確認しましょう。
障害のある若者が職場で直面する困難は、多岐にわたります。
– 障害特性を理解してもらえない
– 合理的配慮が提供されない
– 業務の指示が曖昧で混乱する
– 上司や同僚とのコミュニケーションがうまくいかない
– 「自分はできない人間だ」という自己否定感に苦しむ
こうした状況で、同じ境遇の人と対話できる場があることは、心理的に大きな意味を持ちます。
– 「自分だけじゃない」という安心感
– 他者の体験から学ぶヒント
– 社会人に相談できることで得られる具体的なアドバイス
これらは、孤立からの回復と自己理解を促進します。
・ トレーニングの場としての機能
また、アルバイト経験のない学生にとって、カフェでのトレーニングは**実務経験を積む機会**として有効です。
– 接客の基本を学ぶ
– チームで働く経験を積む
– 自分の特性に合った働き方を模索する
こうした経験は、将来の就職活動や職場定着に役立つでしょう。
〇 しかし、「居場所」だけでは解決しない構造的問題
・ 対話では変わらない職場の現実
では、カフェでの対話や相談によって、職場での困難は解決するのでしょうか。
私の答えは「部分的にはYes、しかし根本的にはNo」です。
対話や相談は、本人の気持ちを軽くし、孤立感を和らげます。それ自体に価値があります。
しかし、職場での困難──たとえば、以下のような問題は、対話では解決しません。
1. 合理的配慮が提供されない
法律では合理的配慮の提供が義務化されていますが、現場では「何が合理的配慮か」が曖昧なまま、提供されないケースが多々あります。
カフェで相談して「合理的配慮を求めてみたら?」とアドバイスを受けても、職場に制度がなければ実現しません。
2. 業務指示が属人的で混乱する
口頭指示だけで業務を進める職場では、障害特性によっては混乱します。
カフェで「メモを取ると良いよ」と助言されても、上司が指示を文書化するルールがなければ、根本的には解決しません。
3. 評価制度が多様な働き方を前提にしていない
成果主義の評価制度で、「他の人と同じペースで仕事ができない」ことが低評価につながるケースがあります。
カフェで「自分を責めないで」と励まされても、**評価制度そのものが変わらなければ、状況は改善しません**。
・ 必要なのは「職場の構造設計」
つまり、必要なのは職場そのものの構造を変えることです。
〇 持続可能な障害者雇用に必要な「構造設計」
・ 善意ではなく、制度で支える
私が提唱する「経営戦略としての障害者雇用」の核心は、**善意や感情を前提にせず、制度と仕組みで安全を担保する**ことです。
以下のような「構造設計」が不可欠です。
1. 合理的配慮の明文化と引き継ぎ可能化
合理的配慮の内容を「誰が、いつ、何を、どのように配慮するか」まで文書化し、担当者が変わっても継続できる仕組みをつくります。
具体例:
– 「Aさんには、業務指示を必ずメールで送信し、口頭では補足のみとする」
– 「Bさんには、雑音の少ない個室ブースを優先的に割り当てる」
– 「Cさんには、マルチタスクではなく、一つの業務を完了してから次の業務を依頼する」
こうした内容を人事システムに登録し、全関係者が共有できるようにします。
2. 業務指示の標準化
業務指示を標準化し、誰が指示しても同じ質を保つフォーマットを整備します。
具体例:
– 業務指示書のテンプレート(目的・手順・期限・完了基準を明記)
– チェックリスト形式での進捗管理
– 質問・相談のルート明示(誰に、いつ、どのように相談するか)
3. 定期的な三者面談の制度化
本人・現場管理職・人事が定期的に状況を共有し、早期に課題を発見する仕組みをつくります。
具体例:
– 入社後1ヶ月、3ヶ月、6ヶ月、1年のタイミングで三者面談を実施
– 面談では「困っていること」「改善してほしいこと」「成長を感じること」を共有
– 人事が記録を残し、次回の面談や配置転換の際に参照
4. 評価制度の見直し
多様な働き方を前提とした評価軸を設計します。
具体例:
– 成果だけでなく、プロセスや工夫も評価する項目を追加
– 「他者と比較した相対評価」ではなく、「本人の成長を測る絶対評価」の導入
– 障害特性を考慮した合理的な目標設定
〇 企業支援も「イベント」で終わってはいけない
・ 企業が本当に必要としているもの
記事では「企業が持つ悩み解決につながるイベントも開催する」とあります。これは良い方向です。企業側の課題にもアプローチしようとしているからです。
しかし、それが「イベント」で終わってしまっては、持続しません。
企業が本当に必要としているのは、以下のような「実装可能な仕組み」です。
1. 具体的な配置設計のノウハウ
障害特性と職務要件をマッチングする方法、業務の細分化と再構成の手法など、具体的な実務ノウハウ。
2. 合理的配慮の文書化テンプレート
すぐに使える合理的配慮の文書化フォーマット、記録・共有・引き継ぎのシステム。
3. 定着支援の仕組みの構築支援
三者面談のスケジュール設計、面談シートのテンプレート、課題発見時の対応フロー。
4. 評価制度の見直しサポート
現行の評価制度の診断、多様な働き方を前提とした評価軸の設計支援。
・ 継続的な伴走支援が必要
単発のイベントではなく、継続的に企業の制度設計を支援する体制が必要です。
たとえば、
– 月1回の定例ミーティングで進捗確認
– 困ったときにすぐ相談できるホットライン
– 他社の成功事例の共有
– 定期的な効果測定とPDCAサイクル
こうした「伴走型支援」があって初めて、企業の構造が変わります。
〇 当事者経験から伝えたいこと──「居場所」と「構造」の両輪
・ 私が求めていたのは「制度」だった
私は人工透析患者として一般企業の障害者雇用枠で10年間働いてきました。週3回、1回4時間の透析治療を受けながら、フルタイムで勤務していました。
その経験から言えるのは、私が職場で本当に求めていたのは、「温かい言葉」ではなく「明文化された制度」だったということです。
もちろん、同僚や上司の理解や配慮には感謝しています。しかし、それが属人的なものである限り、いつも不安でした。
– この人が異動したら、次の上司も同じように配慮してくれるだろうか?
– 自分が「配慮してほしい」と言い続けなければならないのだろうか?
– 周囲に「迷惑をかけている」という罪悪感を抱き続けなければならないのだろうか?
・ 制度があれば、安心して働ける
一方、「就業規則に明記されている」「全社共通のルールである」「誰が担当になっても同じ対応がされる」という制度があれば、本人も安心して働けます。
「配慮してもらっている」のではなく、「会社の制度として当然受けられる権利」という認識になるからです。
・ 「居場所」と「構造」の両輪が必要
だからこそ、私は「居場所」と「構造設計」の両輪が必要だと考えています。
– 居場所:孤立感を和らげ、自己理解を深め、気持ちを回復する場
– 構造設計:職場の制度を変え、持続的に働ける環境をつくる仕組み
どちらか一方では不十分です。両方が揃って初めて、障害のある若者が安心して働き続けられる社会が実現します。
〇 カフェの取り組みをさらに発展させるために
・ 提案1:企業への「構造設計支援」を強化する
カフェでのイベントを、単発で終わらせず、継続的な企業支援プログラムに発展させることを提案します。
たとえば、
– 3ヶ月間の伴走型コンサルティング
– 合理的配慮の文書化ワークショップ
– 評価制度見直しの実践講座
・ 提案2:本人と企業を「仕組み」でつなぐ
カフェが、本人と企業をつなぐ「仕組みのハブ」になることを提案します。
たとえば、
– 本人から職場の困りごとをヒアリング
– その内容を匿名化して企業にフィードバック
– 企業が制度改善を実施
– その結果を本人に共有
こうしたPDCAサイクルを回すことで、個別の相談が「構造改善」につながります。
・ 提案3:社労士や専門家との連携を強化する
社会保険労務士、産業医、キャリアコンサルタントなどの専門家と連携し、カフェを「専門支援につなぐゲートウェイ」として機能させることを提案します。
本人や企業が困ったとき、すぐに専門家につなげる体制があれば、より実効性の高い支援が可能になります。
〇 おわりに──温かい対話と、冷徹な構造設計の両輪で
・ この取り組みを応援したい
私は、「しいちゃんのカフェ」の取り組みを応援しています。
「居場所」をつくることには、確かに意義があります。障害のある若者が、安心して相談できる場は必要です。
・ しかし、それだけでは持続しない
しかし、それだけでは持続しません。
本当に「誰もが働きやすい社会」をつくりたいなら、**温かい対話と同時に、冷徹な構造設計**が必要です。
善意や感情を前提にせず、制度と仕組みで安全を担保する──それが、10年後も持続する支援の形です。
・ 専門家としての責務
私たち社会保険労務士をはじめとする専門家の責務は、こうした「仕組み」を企業と一緒につくることです。
カフェのような「居場所」と、職場の「構造設計」──この両輪が揃って初めて、障害のある若者が安心して働き続けられる社会が実現します。
もし、あなたが企業の経営者や人事担当者で、本気で障害者雇用を「戦略」にしたいと考えているなら、「居場所」をつくるだけでなく、**職場の構造を変える**ことに取り組んでください。
その支援を、私たち専門家は全力で提供します。
【参考記事】
目標は職場での困難軽減 障害ある若者や企業が集うカフェがオープン
https://article.auone.jp/detail/1/2/2/101_2_r_20260215_1771099242187181
動画も公開しています。
企業の「困った」を解決!障害者雇用サポート塾
https://youtube.com/channel/UC4CPSnfSxvaVCEA902K9gfQ?si=NCauCnBZAPc7U-Fh

