障害者雇用は「制度対応」ではなく「経営戦略」である——NRIレポートが示す2035年の未来と、企業が今取るべき選択

野村総合研究所が示した「価値創造戦略」の本質

野村総合研究所(NRI)が2024年12月に発表した「2035年を視野に入れた障害者雇用の価値創造戦略」というレポートが、大きな注目を集めています。

このレポートの核心は、「法定雇用率を満たすだけの時代は終わりを迎えようとしている」という明確なメッセージです。2026年7月に法定雇用率が2.7%へ引き上げられることを前に、企業に求められているのは単なる人数合わせではなく、「雇用した障害者一人ひとりが価値を生み出せる環境」だとNRIは指摘しています。

私が10年以上にわたり一貫して伝えてきたことと、完全に重なります。障害者雇用は、福祉ではありません。制度対応でもありません。経営戦略そのものです。

本記事では、このNRIレポートをもとに、障害者雇用を「未来に耐える組織設計」としてどう位置づけ、どう実装すべきかを、私の経験と思想を交えて解説します。

参考レポート: [NRI「2035年を視野に入れた障害者雇用の価値創造戦略」](https://www.nri.com/jp/knowledge/report/20251224_1.html)

1. 法定雇用率2.7%時代に問われる「未来耐久性」とは

・ 2026年7月、法定雇用率2.7%への引き上げが意味するもの

2026年7月、民間企業の障害者法定雇用率は現行の2.5%から2.7%へ引き上げられます。対象となる企業も、常時雇用する労働者が40人以上から37.5人以上へと拡大されます。

この数字だけを見れば、「また人数を増やさなければならない」と感じる経営者や人事担当者も多いでしょう。しかし、NRIレポートが強調しているのは、人数ではなく「価値創造」です。

私が重視するのは、「未来耐久性」という視点です。今の合法性や空気感で判断するのではなく、10年後に耐える組織をどう設計するか。それが経営者の責任です。

・ なぜ「法定雇用率を満たすだけ」では通用しないのか

法定雇用率を満たすだけの障害者雇用は、長期的に見れば組織にとってリスクです。理由は3つあります。

第一に、環境変化への対応力が欠如するからです。AIの急速な普及、少子高齢化による労働力不足、米国でのD&I政策の揺り戻し——環境は激変しています。その中で、障害者雇用を「やらされている制度」として位置づけている企業は、確実に淘汰されます。

第二に、業務の可視化・標準化が進まないからです。障害者が戦力として機能するためには、業務を分解し、標準化し、誰でも実行できる形に整える必要があります。これは障害者雇用に限らず、すべての人材マネジメントに通じる本質です。

第三に、組織の回復可能性が低下するからです。形だけの雇用は、いずれ破綻します。そのとき、組織は大きなダメージを受けます。是正ルートを描けない選択は、未来に対する無責任です。

2. 障害者雇用を「経営戦略」として設計する3つの視点

視点1:業務の可視化と標準化による組織全体の生産性向上

障害者雇用を成功させるためには、業務の可視化と標準化が不可欠です。これは、障害者だけでなく、すべての従業員にとってメリットがあります。

業務を分解し、標準化することで、属人化を排除できます。誰がやっても同じ品質で業務が遂行できる状態を作ることは、組織の未来耐久性を高める最も確実な方法です。

私が支援してきた企業では、障害者雇用をきっかけに業務全体を見直し、結果として組織全体の生産性が向上したケースが数多くあります。これは偶然ではありません。構造設計の結果です。

視点2:多様な能力を活かす「職域開拓」の仕組み化

NRIレポートでも触れられているように、障害者雇用における職域拡大は、企業競争力を左右する重要な要素です。

ここで重要なのは、「何ができるか」ではなく「どう活かすか」という視点です。障害者の特性を理解し、それを業務に結びつける仕組みを作ることが、職域開拓の本質です。

私が現場で見てきたのは、「この人には何ができるか」を探すのではなく、「この業務にはどんな特性が必要か」を分解し、そこに人材を配置する企業が成功しているという事実です。

視点3:特例子会社を「強み」として活用する戦略的マネジメント

NRIレポートは、特例子会社を「支援ノウハウや高度なマネジメント手法を蓄積してきた強み」だと評価しています。私も同感です。

ただし、それは形だけの受け皿ではなく、本気で戦力化に取り組んできた企業に限ります。特例子会社を「隔離の場」として位置づけるのではなく、「マネジメントの実験場」として機能させることが重要です。

特例子会社で蓄積したノウハウを親会社に還元し、組織全体の人材マネジメント力を向上させる——これが戦略的な特例子会社の使い方です。

3. 「未来に耐える選択」を今、取るべき理由

・ 時間軸判断:10年後に何が問われるか

私が最も重視するのは、「時間軸判断」です。今の同意・合法性・空気より、将来の持続性と回復可能性を優先する——これが経営者の責任です。

10年後、2035年に何が問われるか。それは、「障害者雇用を通じて、組織がどれだけ進化したか」です。人数ではなく、構造です。制度ではなく、戦略です。

NRIが「2035年」という長期視点を設定したのは、まさにこの点を強調するためだと私は理解しています。

・ 結果責任倫理:嫌われる覚悟を持つ

障害者雇用を本気で戦力化しようとすれば、現場から反発されることもあります。「できない理由」を並べる担当者、「福祉でしょ」と軽視する管理職——そうした抵抗に直面することは避けられません。

しかし、嫌われる覚悟を持つことも、専門家の重要な機能です。短期的な称賛より、長期的に壊れない選択を取ることが責任です。

私は、結果責任を引き受けられる覚悟の量で、善悪が測られると考えています。違法か合法かではなく、是正ルートと意味づけが描けるかが重要です。

・ 構造設計:人の善意に頼らない仕組みづくり

私が現場で一貫して伝えているのは、「人の善意や感情を前提にするな」ということです。

善意に頼った障害者雇用は、担当者が変わった瞬間に崩壊します。感情に依存した仕組みは、長期的に持続しません。

構造と制度設計で安全と回復を担保する——これが、未来に耐える組織を作る唯一の方法です。

4. NRIレポートが示す「価値創造」の具体的な実装方法

・ 11年分のデータが語る「雇用の質」の変化

NRIは、2015年度から毎年「障害者雇用に関する定点調査」を実施してきました。11回目を迎える今回のレポートでは、11年分のデータを時系列で分析し、雇用の量と質の変化、職域拡大、働く環境の変化に関する長期的な潮流を洞察しています。

このデータが示すのは、「量から質へ」というシフトです。単なる人数確保から、一人ひとりが価値を生み出せる環境整備へ——この転換が、企業競争力を左右する時代が到来しています。

・ 「企業価値創造との接点」を深掘りする重要性

NRIレポートの第2部では、2035年の障害者雇用の果たす役割を描き、企業価値創造との接点を深掘りしています。

ここで重要なのは、障害者雇用が「コスト」ではなく「投資」として位置づけられている点です。業務の可視化・標準化、職域開拓、マネジメント手法の蓄積——これらはすべて、組織の未来耐久性を高める投資です。

私が支援してきた企業でも、障害者雇用を投資として捉えた企業は、確実に成果を上げています。

5. 実務担当者が今すぐ取り組むべき3つのアクション

・ アクション1:業務の棚卸しと可視化から始める

まず取り組むべきは、業務の棚卸しと可視化です。今、どんな業務があり、それぞれどんなスキルや特性が必要なのかを明確にすることから始めましょう。

これは、障害者雇用のためだけではありません。組織全体の生産性向上に直結します。

・ アクション2:職域開拓を「仕組み」として設計する

職域開拓は、担当者の努力や善意に頼るのではなく、仕組みとして設計する必要があります。

具体的には、業務を分解し、標準化し、どの特性を持つ人材がどの業務に適しているかをマッピングする——このプロセスを組織の標準業務として位置づけることです。

・ アクション3:外部専門家を「構造設計のパートナー」として活用する

障害者雇用を本気で戦力化しようとすれば、外部専門家の力を借りることも有効です。

ただし、専門家を選ぶ際には注意が必要です。実績のない専門家、匿名で思想を語る専門家には価値がありません。思想は実績によってのみ語る資格があります。

私は、外部CHROとして経営者の視点を融合し、制度と現場の”すき間”を埋め、戦力化を実現する仕組みづくりを支援しています。

〇 おわりに:障害者雇用を正しく設計できる会社だけが、これからの人材リスクに勝てる

NRIが発表した「2035年を視野に入れた障害者雇用の価値創造戦略」は、障害者雇用が「制度対応」から「経営戦略」へとシフトする時代の到来を明確に示しました。

私が一貫して伝えてきたことは、まさにこれです。障害者雇用を正しく設計できる会社だけが、これからの人材リスクに勝てる。

未来に耐える選択を、今、取るべきです。

人の善意や感情を前提にせず、構造と制度設計で安全と回復を担保する。短期的な称賛より、長期的に壊れない選択を取る。嫌われ役を引き受けることも、専門家の重要な機能である。

これが、私の思想であり、実践です。

もし、あなたの組織が障害者雇用を本気で戦力化したいと考えているなら、まずは業務の可視化から始めてください。そして、構造設計のパートナーとして、実績のある専門家を活用してください。

未来は、今の選択で決まります。

NRIレポート全文はこちら:
https://www.nri.com/jp/knowledge/report/20251224_1.html

【執筆者プロフィール】
若林 忠旨
社会保険労務士法人東京中央エルファロ – 社会保険労務士、障害者雇用戦略アドバイザー
人工透析患者として10年勤務した経験と、外部CHROとして経営者の視点を融合し、福祉でなく「経営戦略」としての障害者雇用を提案。制度と現場の”すき間”を埋め、戦力化を実現する仕組みづくりが得意。現場が前向きに受け入れる障害者雇用を実践的に支援中。

動画も公開しています。
企業の「困った」を解決!障害者雇用サポート塾
https://youtube.com/channel/UC4CPSnfSxvaVCEA902K9gfQ?si=NCauCnBZAPc7U-Fh