「身体障がい51%、精神障がい10.5%」が示す障害者雇用の構造的課題──2026年法定雇用率2.7%時代に企業が取るべき本質的戦略
〇障害種別による採用の偏りという現実
2026年2月、レバレジーズ株式会社が運営する障がい者就労支援サービス「ワークリア」が、障がい者雇用の担当者143名を対象に実施した「障がい者採用実態調査」の結果が、まいどなニュースで報じられました。
この調査結果は、日本企業が障害者雇用において直面している本質的な課題を浮き彫りにしています。
【調査結果の主なポイント】
– 積極的に採用している障がい種別:「身体障がい」51.0%、「精神障がい」10.5%
– 精神障がいの雇用に「難しさ」を感じている企業:約7割(69.2%)
– 2025年度の障がい者採用目標:「達成済み」34.2%、「達成見込み」30.8%
– 5社に1社(22.4%)は「達成できない見込み」
この数字が示しているのは、企業が「採用しやすい障害種別」を選んでいるという現実であり、そしてそれが2026年7月の法定雇用率引き上げ後に深刻な問題を引き起こす可能性があるということです。
〇 障害種別による採用の偏り:なぜ身体障がいに集中するのか
・ 企業が身体障がい者を選ぶ理由
調査によれば、身体障がい者を積極的に採用している企業の理由として、以下が挙げられています:
1. コミュニケーション面の不安が比較的少ない(45.2%)
2. 業務の切り出し・役割設定がしやすい
3. 勤怠が安定している
一見、これらは合理的な判断に見えます。確かに、身体障がい者の多くは、コミュニケーション能力に問題がなく、業務遂行能力も高い場合が多いです。
。 しかし、この戦略には限界がある
私は社会保険労務士として、また障害者雇用戦略アドバイザーとして、この「身体障がい偏重」の採用戦略に強い危機感を抱いています。
なぜなら、以下の理由があるからです:
1. 身体障がい者の求職者数は限られている
すでに多くの企業が身体障がい者の採用を進めており、採用競争が激化しています。今後、さらに法定雇用率が引き上げられる中で、身体障がい者だけでは数値達成が困難になります。
2. 2026年7月、法定雇用率は2.7%へ引き上げ
従業員37.5人以上のすべての企業が障害者雇用義務の対象となり、必要な雇用人数が大幅に増加します。
3. 精神・発達障がい者の求職者は増加傾向
精神障害者保健福祉手帳の所持者は154万人を超え、1年で約10万人も増加しています。この層を戦力化できない企業は、今後の雇用率達成が極めて困難になります。
〇 精神障がい者の雇用に「難しさ」を感じる企業が7割という現実
・ 企業が感じる「難しさ」とは何か
調査では、精神障がい者の雇用に難しさを感じている企業が69.2%に達しています。
企業が挙げる理由としては:
– 体調の変動が大きく、勤怠が不安定
– コミュニケーションの取り方が難しい
– どのように配慮すべきかわからない
– 業務の切り出しや役割設定が難しい
– 定着率が低い
これらは、確かに現場で聞かれる声です。しかし、私はこれらの「難しさ」は、障がい特性そのものの問題ではなく、企業側の受け入れ体制の問題だと考えています。
・ 「難しい」のではなく「構造がない」
私が現場で見てきた真実は、精神・発達障がい者の雇用が「難しい」のではなく、企業側に「受け入れる構造」がないということです。
例えば、以下のような構造があれば、精神・発達障がい者も十分に戦力化できます:
業務の標準化と可視化
– 業務マニュアルが整備され、誰が見ても何をすべきか明確である
– タスク管理ツールを使い、進捗状況が可視化されている
柔軟な勤務制度
– 体調変動に対応できる時短勤務や在宅勤務の選択肢がある
– 休憩時間を柔軟に取れる環境がある
定期的なフィードバック
– 週次や月次で1on1を実施し、困りごとを早期に把握・調整できる
– 上司や同僚とのコミュニケーションルートが明確である
役割の明確化
– 本人の強みを活かせるポジションが具体的に設計されている
– 「できないこと」ではなく「できること」を軸にした業務配分
こうした構造があれば、精神・発達障がい者も安定して勤務し、戦力として機能します。
逆に言えば、構造がなければ、どんな障害種別を採用しても定着しません。
〇 2026年7月法定雇用率2.7%引き上げがもたらす転換点
・ 従業員37.5人以上のすべての企業が対象に
2026年7月1日、民間企業の障害者法定雇用率は現行の2.5%から2.7%へ引き上げられます。
これにより、従業員37.5人以上の企業すべてが障害者雇用義務の対象となります。現在は40人以上が対象ですが、この変更により、さらに多くの中小企業が当事者になります。
・ 「身体障がいだけ」では数が足りなくなる
法定雇用率が2.7%になると、例えば従業員100人の企業であれば、障がい者を最低でも2.7人(実質的には3人)雇用する必要があります。
しかし、身体障がい者の求職者数は限られており、すでに採用競争が激化しています。今後、精神・発達・知的障がい者を含めた多様な障害種別を受け入れられる企業だけが、法定雇用率を達成できるようになります。
・ 5社に1社は採用目標未達成という現実
調査では、2025年度の障がい者採用目標について、約5社に1社(22.4%)が「達成できない見込み」と回答しています。
この未達成企業の多くは、「身体障がい者を採用すれば何とかなる」という戦略に依存している可能性が高いと推測されます。しかし、2026年7月以降、その戦略はさらに困難になるでしょう。
〇 障害者雇用を「戦力化」するための構造設計
・ 配慮ではなく「強みを活かす業務設計」
私が提唱しているのは、「配慮する雇用」から「戦力化する雇用」への転換です。
配慮は前提として組み込みつつも、本人の強みを最大限に活かせる業務を設計する。たとえば、発達障がいの特性として「細部へのこだわり」や「ルーチンワークへの集中力」がある場合、それを強みとして活かせるポジションを用意するのです。
具体的には:
データ入力・チェック業務
細部への注意力が高い発達障がい者に向いている
定型業務の標準化・マニュアル作成
ルールに従うことが得意な特性を活かせる
在庫管理・検品作業
正確性と集中力が求められる業務
デザイン・プログラミング
特定分野への深い興味と集中力を活かせる
・ 評価制度の再設計:障害を開示しても不利にならない仕組み
重要なのは、障害を開示することが評価上の不利益にならない制度設計です。
具体的には、以下のような取り組みが有効です:
業務の標準化と可視化
誰が見ても評価基準が明確であること
強みベースの目標設定
できないことではなく、できることを軸にした評価
定期的なフィードバック
配慮の調整を柔軟に行える対話の場
回復可能性の担保
一時的に体調を崩しても、復帰できる道筋が明確に存在する
こうした構造があれば、障害種別に関係なく、誰もが安心して働き、力を発揮できます。
〇 中小企業が取るべき現実的な戦略
・ 外部専門家との連携による効率的な雇用推進
2026年7月以降、従業員37.5人以上の企業にも障害者雇用義務が発生します。これまで「うちには関係ない」と考えていた中小企業が、突然当事者になるのです。
しかし中小企業には、大企業とは異なる制約があります。人事部門が小規模であり、専門的なノウハウも不足している。だからこそ、効率的で現実的な戦略が必要です。
私が中小企業にお勧めしているのは、外部の障害者雇用コンサルタントや社会保険労務士との連携です。
制度設計から採用、定着支援まで、専門家のサポートを受けることで、現場の負担を最小限に抑えながら、未来に耐える雇用を実現できます。
・ 就労支援機関との協働:採用と定着の両輪
また、就労移行支援事業所やジョブコーチとの連携も有効です。採用時のマッチング精度を高めるだけでなく、入社後の定着支援においても、外部の専門的な視点が職場を支えます。
特に精神・発達障がい者の採用においては、就労支援機関との連携が成功の鍵となります。
〇 2026年法改正を「数の達成」で終わらせないために
・ 短期目標と長期戦略の両立
企業が今直面しているのは「2026年7月までに法定雇用率を達成する」という短期目標です。しかし、そこで終わらせてはいけません。
本当に問われているのは、「未来に耐える雇用の構造を設計できるか」という長期的な組織能力です。
身体障がい者だけでなく、精神・発達・知的障がい者を含む多様な障害種別を受け入れられる構造を持つ企業が、今後の競争優位性を獲得します。
・ 障害者雇用はダイバーシティ経営の試金石
障害者雇用は、ダイバーシティ経営の試金石です。ここで構造を作れない企業は、他のあらゆる多様性施策でも同じ壁にぶつかるでしょう。
女性活躍、外国人材、高齢者雇用、LGBT+対応──これらすべてに共通するのは、「違いを受け入れる構造」です。
障害者雇用で培った業務設計、評価制度、柔軟な勤務制度は、すべての多様性施策の基盤になります。
〇「難しい」のは障がい特性ではなく構造設計の欠如
「身体障がい51%、精神障がい10.5%」──この数字が示しているのは、企業が「採用しやすさ」で障害種別を選んでいるという現実です。
しかし、2026年7月以降、その戦略は通用しなくなります。
精神障がいの雇用に「難しさ」を感じている企業の皆さんへ。
難しいのは障がい特性ではなく、受け入れる側の構造が整っていないことかもしれません。そして、その構造を整えることこそが、2026年7月以降の競争優位性になります。
未来に耐える障害者雇用とは、障害種別に関係なく、誰もが力を発揮できる業務設計と評価の仕組みを持つことです。それは感情や配慮ではなく、構造で担保するものです。
2026年7月まで、残り4か月です。今こそ、採用する障害種別を選ぶのではなく、どんな障害種別でも戦力化できる構造を作るべき時期だと思います。
あなたの会社は、障害種別に関係なく、誰もが力を発揮できる構造を持っていますか?
もしまだであれば、今すぐ専門家に相談することをお勧めします。未来に耐える障害者雇用は、今日の構造設計から始まります。
参考記事
まいどなニュース「企業が採用する障がい種別は『身体障がい』が半数超 『精神障がい』の雇用に難しさを実感する企業多く」
https://news.yahoo.co.jp/articles/531619d38e79fd4a4a4ba5fe12b07b0e586a363e
執筆者プロフィール
若林 忠旨(わかばやし・ただし)
社会保険労務士法人東京中央エルファロ 社会保険労務士、障害者雇用戦略アドバイザー
人工透析患者として10年勤務した経験と、外部CHROとしての経営者視点を融合し、「経営戦略」としての障害者雇用を提案。制度と現場の”すき間”を埋め、戦力化を実現する仕組みづくりを実践的に支援。
動画も公開しています。
企業の「困った」を解決!障害者雇用サポート塾
https://youtube.com/channel/UC4CPSnfSxvaVCEA902K9gfQ?si=NCauCnBZAPc7U-Fh

